2001/ 1/ 1 - 31



2001/ 1/31(晴/雨)
・明日はうちの部署のものが企画したカートレースが有るということで、社内メールでは盛んに煽りが飛び交っている.曰く「2 位争いに励んでくれ」「同僚の下手さ加減に私は泣いてしまうだろう」etc. 私も運転はともかく煽りだけは負けないようがんばらねば.
・昼休みにデータバックアップ用の CD-R を買いに行く.最初の店では Samsung のが 1 枚 R$ 3.Maxell が R$ 3.9.次の店では TDK が R$ 7.最後に行った店で SONY のを R$ 5 で 3 枚買う.夜にバックアップを取るが個人用のファイルをコピーではなく、移動で CD-R に書き込んでいたらエラーが出てデータが消失してしまった.大ショック.次に仕事のデータ類を慎重にコピーするが、終了処理でエラーが出て失敗.もう一回別のディスクにコピーするが、コピー途中でメディア不良のため失敗.夜の 1 時半まで掛かって全滅した.Panasonic のドライブに SONY のメディアは相性が悪いのか? 時間的にも経済的にも大損害だな〜.
・最初の CD-R をドライブに入れると復旧処理をしますか、と聞いてくるので寝る前に復旧処理を掛けて寝る.朝起きて見てみると同じ場所で延々とはまり続けている.ダメだこりゃ.CD-R 使用中はパソコンを使えないから、結局昨晩は何も出来なかったな〜.

2001/ 1/30(晴/雨)
・今日も暑い.夕方からは雷を伴った夕立がやってきた.実にクリチバらしくない夏らしい天候だ.昨日今日とこれだけ雨に降られたら車の外見もちょっとは綺麗になったかな.
・夕方から誕生会があった.1 月分をまとめてやったので大会議室はぎっしり.最初は 2 人だけかと思ったが、次から次へと 1 月生まれが発覚して前に立たされ、その度にみんなで歌っていたので、15 分くらい手を叩いて歌いっぱなし.ケーキにはあり付け無さそうだったのでさっさと退散する.

2001/ 1/29(曇)
・10 時半頃に停電になった.どうやらこのビルだけでなく周りも落ちているようだ.自然災害とは思えないので、何かの工事でブチッと切っちゃったんだろう.ビル内は非常灯しか点かないので、部屋の中は薄暗くて字が読めない.パソコンはもちろんコピーもプリンタも何もかも止まっているので仕事は中断.昼前にさっさと昼食を食べに行く.戻って来たら復活していたがパソコンの 1 台 2 台くらい壊れたんじゃないのかな〜.
・夜は Morretes へ Barreado を食べに行く.途中の山岳部で洪水のような大雨.全く前が見えん.車が沈没するわ〜、なんて思っていたが、帰る時にはあっさりと止んでいた.南国の夕立、ってな感じだ.Morretes の町では平日だからか店は殆ど閉まっていて、開いていたのは 2 件だけだった.まあ美味しかったから良し.

2001/ 1/28(晴)
・この週末はクリチバらしくない強烈な暑さに見まわれた.午前中は Largo da Ordem へ行き、フェイラをふらつく.
・午後から車で Vila Velha へ行く.Vila Velha の傍に Furnel という大陥没孔があり、観光用エレベータで 50m 下の水面まで下りれるようになっている.この存在は以前から知っていたが、行くのは今回が初めてだ.この暑さだというのにどちらも観光客がかなり多かった.誰もが皆海へ行くとは限らないようだ.
・夜は Largo da Ordem のドイツバーで食べようと思って行くと、うちのブラジル人の同僚が居て友人達とだべっている.それに暫く混ざり、彼らは軽くつまんだ後に去って行ったので晩御飯を食べる.予想していたよりも多くの量が出て来て食べ切れなかった.先週末くらいから過食が続いているな.昨日 Extra で体重計に乗ったら最大時より 6 Kg 痩せていて、こりゃ Fitz Roy 下山直後は 10Kg 以上痩せてたのは明らかだ、なんて思っていたが、着実に元の体重に戻って行っているようだ.

2001/ 1/27(晴)
・朝 10 時に起きて洗濯をした後、11 時過ぎに空港へさぼを迎えに行く.行く途中で信号待ちの最中、道路のど真ん中でエンジンが止まって焦る.キーをひねってもウンともスンとも言わない.深呼吸してキーを回してもダメだ.クラクションの嵐を浴びるが、そんな事言っても動かないんだも〜ん.もう一度回すと漸くスターターが回って復活.う〜ん、原因はなんなんだ? これじゃもうポンコツ VW ビートルをバカに出来ないな.
・帰りに Mercado Municipal へ立ち寄って空き時間に髪を切る.R$ 6 で済んで今までのところより上手そうな感じだ.
・16 時に会社の前に車を置き Couto Pereira へ Campeonato Paranaense 予選の Coritiba - Rio Branco/Paranaguá を見に行く.全くガラガラかと思っていたがそこそこ入っていた 6,000-8,000 人くらい入っていたかな.試合は Coritiba の一方的な展開で Rio Branco も一発超ロングシュートを決めたものの 4 - 1 で Coritiba が圧勝する.州大会の Serie C 相手とはいえ、前の試合は Serie D 相手に引き分けている事を考えるとナカナカの出来だな.
・その後は Extra へ行って買い物をし、シュハスコを食べる.ナンだか今日は疲れたので 20 時過ぎにさっさと帰って再び掃除洗濯の続き.明日は何しようかな.

2001/ 1/26(晴)
・昼休みに Shopping Mueller へ行って Harmonia do Samba と Ivete Sangalo の CD を買う.そういえばこの夏はあまり CD を買ってないし、車のラジオも暫く無かったからどんな曲が良く掛かっているかあまり判らないな.
・今晩から Florianópolis のリゾートホテルへの旅行があったのだが、この週末はチト用事があったのでキャンセルする.が 1 月末で日本に戻る同僚の送別会も兼ねるという事なので晩御飯だけご一緒することにする.
・晩御飯の場所は Itajaí のフランスレストラン.皆さんはバスに乗って行くのだが、私は今晩中に戻ってこなきゃならないという事で一人で車を運転して行く.週末はサンタカタリナへ繰り出す人が多く、道は混んでいる.約 220 Km を 4 時間掛けて 21:30 に漸く到着.
・ブラジルらしくない上品な味を久々食べて、23:30 に帰る.この時刻になるとレストランも待ち人が多いし、海岸通のバーも何処もかしこも満杯だ.帰りの国道 BR 101 もまだまだぞくぞくとクリチバ方面からサンタカタリナへ車を連ねてやって来ている.途中でガソリンを入れ、部屋に戻ってきたのは 2:30.晩御飯食べるだけの為に 450 Km も走ったのは初めてだな〜.疲れた〜.

2001/ 1/25(晴)
・昼休みに同僚のブラジル人に教えてもらったカー用品店へ行って CD コンポを物色する.一番安いやつを付けようと思ったがそれでも R$ 300 か、まあ仕方ない.取り付けは 30 分ほどで終わった.今度からは盗まれ無いように気を付けようっと.
・20:30 から今年初めて Arena da Baixada へサッカーを見に行く.Copa Sul-Minas 予選の Atlético/PR - Caxias だ.Caxias は Série B のチームだが、確か去年の Campeonato Gaúcho で優勝したはず.ちなみに今日現在では Copa Sul-Minas でもトップだ.未だ予選という事で客はさほど多くなく、5 分に入っても余裕で好きなとこに座れる.
・前半 20 分に Atlético/PR がコーナーキックからヘッディングで先制し、5 分後にフリーキックを直接決めて 2 点差とする.後半 3 分に真正面からのフリーキックが味方の壁に当たりそのままゴール.結局 3 - 0 で勝つ.
・帰りに路上駐車の場所へ行き、見張りのお兄さんに R$ 1 を渡すと、もう R$ 1 呉れと言う.そういえば確か去年の最後の方でもこの場所は R$ 2 取られたな.値上げしたんか、と聞くとレストランへ行く場合は R$ 1 で、球技場の場合は R$ 2 だそうだ.なんだそりゃ.まあいいや、しっかり稼いで生きてくれよ〜.

2001/ 1/24(晴)
・昼休みに写真屋へ行く.さすがに 32 本分のポジはかさばる.帰りに T シャツ屋で Cruzeiro のアンオフィシアルのタンクトップを見つけ、ついつい衝動買いしてしまった.
・帰ってからフィルムのロールを取るために吊るして行くが、見ていると露出オーバーのコマが続出.背後が明るめと思って補正を掛けて撮っていたのだが、どうも 1 段くらいずつ補正を掛け過ぎているようだ.う〜ん...
・ネガは見事に綺麗に写っている.El Calafate で現像した 1 本が、退色しまくっているのとは大違い.ネガを比べてみても El Calafate でのネガは真茶色となっていて同じフィルムとは思えない.使い古した現像液でも使われたのかな.
・今回はネガ用のコンパクトカメラ GR-1s が 28mm レンズなので、一眼レフにはダブらないように 24mm を持って行ったのだが、やはり使い慣れというのは大きく、構図なんかもコンパクトカメラで撮った方が遥かに良い物ばかり.今度からはダブっても 28mm レンズを持って行こうっと.まあ、写真に関してはいろいろ反省点多しだな.

2001/ 1/23(晴/雨)
・昼休みに写真屋へフィルムを出しに行く.ポジ 32 本とネガ 2 本を出すと、受付けのおね〜さんは、こんなにも海へ行って女の子ばっかり撮ってきたのかという.ナニを言うかと言い返すと、水着ばかり追いかけて云々等と説教を始めた.う〜ん、確かに今まで海の写真とかもこの写真屋に出しているからな〜、快晴のトレッキングで顔は真っ赤か真っ黒けでボロボロに剥けてるしな.決して誤解はされていないんだけど今回ばかりはチト違うんだな.
・スポーツ新聞を買い、インターネットでも見ていたらいつの間にやら Campeonato Paranaense と Copa Sul-Minas が始まっている.おぉ、また試合表を作らないと行き忘れてしまうわ.そして今年の Sé A のチームが発表された.今年は 28 チーム.去年は 24 チームだったから大盤振る舞いだ.Remo、Paraná、そして Sao Caetano の下位リーグチームが激強で、Corinthians 等が激弱だったから、Corinthians を落とすわけにも行かず、だからといって上位チームを落とすなんて言語道断だから、結果このようになってしまったのだろう.いい加減だな〜.
・夜にいつぞやの焼肉屋へ行って 23 時頃まで盛り上がる.今日はナカナカ話題豊富で面白かった.けどせっかくトレッキングで痩せたのにまた太っちゃうな.

2001/ 1/22(晴)
・4 時のモーニングコールで起きてタクシーに乗って Ezeiza 国際空港へと向かう.Buenos Aires は夜中の 3 時間居ただけだったな.また機会があったら来てみたいものだ.出国手続きの窓口で入国カードはどうしたと言われムカツク.ここには出国カードも置いていないし、入るときにもあの辺境の国境事務所では入国カードなんて無かったろが.紙を渡され、書いて再び列の最後尾へと並び直す.X 線チェックでも荷物が引っ掛かりデイパックの中身を全部曝す.アルゼンチン最悪じゃ.
・8 時半に Porto Alegre 到着.時差があるので 9 時半に時計を直す.通関では何故か素通り.汚い荷物を開けたくないのだろう.会社に電話をしてチト遅刻する事を連絡する.
・Porto Alegre 空港は、新ビル建設中で旧ビルは田舎くさいビルだ.国際線で飛行機から歩いて空港事務所に入る空港なんて他には知らない.もう既にポル語圏に入っていて少しホッとする.真夏の空と暑さがいい感じだ.
・クリチバ到着 12:30.タクシーで部屋に戻って荷物を置き、シャワーを浴びて何事も無かったかの如き顔で出社する.けどやっぱりちょっと疲れたかな.

2001/ 1/21(曇)
・今日は何の予定も無くゆっくり起きて朝食を食べた後に、町に出てカフェでしばらく寛ぐ.歩いて 20 分ほどの Nimes 湖という所へ行って見ると湖畔はこの辺りでは珍しく緑が多く水鳥もたくさん居る.バードウォッチングや乗馬を楽しむ人も多い.牧草に寝転がって持ってきた本を読む.
・昼過ぎに街に戻るがいつの時刻でも観光客の姿は多い.ツアーも 7 時くらいから 18 時出発の物まで数多く揃っているし、砂埃に飽きて買い物を楽しむ人も多いようだ.バーでサンドイッチを頼むと、厚さ 2 cm くらいのステーキが鎮座した巨大なやつが出てきた.遅い昼食にも関わらず満腹で動けなくなる.
・18 時過ぎにバスが迎えに来て出来たばかりの Lago Argentino 空港へ行く.小さいが綺麗な空港だ.空港使用税 $18 を取られるが、窓口には何故高いかの言い訳がつらつらと書き並べてあった.空から見ると湖と川の青白さと周りの砂漠の茶色が印象的だ.土地のせいだろうが、この豊富な水量は全く周りに潤いをもたらしていない.
・零時過ぎに Newberry Aeroparque に到着.ホテルに着いたらもう 1 時.明日は 6:30 の国際線なので 4 時のモーニングコールと 4:30 のタクシーを頼んで寝る.

2001/ 1/20(晴)
・7 時に起きて朝食を摂る.チリでもアルゼンチンでも朝食はパンとコーヒーだけ.ブラジルのパワフルな朝食に慣れた身としてはチト物足りない.
・一昨日に旅行会社で買った氷河ツアーのバスは 30 分遅れてやってきた.予想に反して小さなマイクロバスでがっかり.ぎゅうぎゅう詰めで Perito Moreno 氷河へ向かう.客は殆どイタリア人とドイツ人のようだ.ガイドのお姉さんが全員にチョコ菓子とコーヒーの朝食を配り、双眼鏡を貸してくれていろいろ鳥の説明等をしてくれる.
・砂漠の中の砂利道を 3 時間ひた走るが、車内も砂埃で真っ白け.たまらんな〜.いろいろ説明を聞いているとこの辺の年間降水量は 300mm.森林限界は 1,000m.パリと同じ緯度にも関わらずパリには氷河が無くて、この地には真夏でも氷河が有るのは南極海流の所為.湖が青いのは氷河から溶け出した浮遊成分が 30 年以上も沈殿せずに漂っているため.この半砂漠でも羊の放牧には向いているという事だが、羊だってもっと美味しい草を食べたいんじゃないのかな.
・12 時前に到着し 15:15 まで自由時間で遊歩道で氷河見物.歩き回ると疲れるし何よりも今日は強烈暑いので日陰に腰掛けて崩落を待つ.昨日も暑かったので今日は随分と崩れるだろうと思ったが、やはり崩れる崩れる.小規模のは 5 分おきくらい、比較的大きなものも 30 分おきくらいで轟音を立てながら落ちて行く.15 時過ぎに駐車場へ戻ると背後から雷鳴にも似た大音響が轟いてきた.音の大きさから言っても今日最大の崩落のようだ.ちっ、見逃したか、まあいっぱい見れたからいいや.
・17 時過ぎに戻って明日の空港までのバスを探す.走っているのを良く見かける割にはホテルも旅行会社も誰も乗り方を知らない.観光案内所で聞くとどうやら電話予約してホテルに迎えに来てもらうシステムらしい.ホテルのフロントのお兄さんに電話してもらうが、繋がった途端受話器を渡されて面食らう.悪戦苦闘の末、明日の 18 時に迎えに切れ呉れる事になった.それにしても使えないフロントだな〜.
・一旦部屋に戻ってシャワーを浴び、21 時に外に出かける.この前から目を付けていた Family House という感じの良いレストランに入って羊料理を頼む.本当は昨日この店に入りたかったのだが、23 時も回ると通りもどの店も一杯で入れなかった.Arroz de ternera というのを頼んだら、羊の腸に羊肉と香辛料を詰めて焼いた直径 10cm 厚さ 3cm くらいの物が出てきた.う〜ん、これは近年稀に見るヒット料理だな.無茶美味いや.とりあえず料理も美味しいし氷河が崩れるのもいっぱい見たので、今日も氷河勝利宣言でパタゴニア旅行完全勝利か!?

2001/ 1/19(晴)
・夜は暖かかったが朝には冷え込む.昨日同様どんよりと曇っているがこんな砂漠地帯、雨は降らんだろう.8:40 にキャンプ場を出て小さな荷物だけ持って登り始める.
・最初の坂を越えて池のほとりまで来ると、正面に Fitz Roy が見える.雲は高く空は白いが山には雲は掛かっていない.ここからは暫く明るく開けた高層湿原地帯を歩く.道はひたすら真正面にフィッツロイが見えている.日本から来た定年後の夫婦と出会い、話しながら暫く歩く.私とは反対向きに北からパタゴニアを巡っているようだ.Fitz Roy には登らずに景色の良いこの辺を歩き回るとの事.
・Miranda Fitz Roy の坂も Miranda del Paine に劣らず急な斜面が続く.へたりながら登り切ると今まで上空を覆っていた雲は彼方に消え去って快晴となった.見える日は滅多に無いと言われていただけに非常にラッキーだ.
・1 時間ほど休憩し昼食を食べて下り始める.直下のキャンプ場で昨夜のチリ人のお兄さんと会い、直ぐ後にスイス人の女の子 2 人組み、少し歩いて日本人夫妻と出会う.いづれも少し話をしていたら随分と時間が経ってしまった.麓のキャンプ場に着くと 17 時.テントを畳んでバス乗り場の YH に行く.アメリカ人が片言の日本語で話しかけてきた.これだけ多くの世界中の旅行者が集まる地でアメリカ人と会うのは初めてだ.やはり日本人やヨーロッパ人の方がアルプストレッキング等に慣れていて、こういう事を好むのだろうか.
・18 時にバスは El Chaltén を出る.振り返ると Fitz Roy と Cerro Torres が鮮やかに見える.今日はどちらに行くか迷っていたが、Fitz Roy で正解だったようだ.写真で見ると Cerro Torres の奇異な岩搭も魅力だが並んでみると全然迫力が違っている.行きのバスは窓ガラスが固定されていたが、帰りは普通の観光バス.窓は全て目張りしてあるがそれでも細かな砂埃が中に入って来ている.西日に照らされた光景に見とれながら 22 時に El Calafate に着く.
・レストランで晩御飯を食べ、お勘定の際にブラジルの R$ 10 紙幣が財布から見えると、レストランのおばさんは大喜び.この透明部分を持つプラスチック貨幣は何処でも大人気だ.両替して呉れと言うので 5 ペソで替える.今日も快晴だったという事で Ritz Roy 勝利宣言.

2001/ 1/18(曇)
・8 時発の El Calafate 行きのバスに乗る.ペンギンツアーや Punta Arenas - Puerto Natares のバスで一緒だったお兄さんとまた同じバスになる.なにやら揉めているが、45 人乗りのこのバスで 46 枚発券したらしく、46 番の座席番号の人はどうのこうのと言っている.そん存在しない座席番号の券を売るなよな.
・なんとか収まってバスは走り出す.一面に広がるお花畑の中を通り Torres Del Paine へ行く道との分岐点が国境だ.チリの国境事務所はとても綺麗で清潔だ.この辺りから風景が乾燥化していく.
・約 10 分でアルゼンチンの国境事務所に着いて入国手続きをする.チリに比べて随分とボロくて小さな建物だ.30 分くらい掛かって漸く全員手続きが済み、バスは再び動き出す.周りの光景は乾燥し切ってアメリカ西部劇やシルクロードに出てくる景色と同じだ.ひたすら羊の牧場で道沿いに柵が設けられているが、細い木で約 1.5 m 間隔、それが 8 本おきに太い木が立っていて針金は 3 本.一体何万本の柵木と何百キロメートルの針金が使われているのだろう.この柵作り作業はいろんな意味でかなり過酷な作業だな.
・13 時過ぎにパタゴニア国道 R40 の舗装道に出る.相変わらず乾ききった広大且つ荒涼とした風景の中をバスは走る.丘の下の青い湖の麓に吹けば飛ぶような集落が見えたと思ったら、そこが El Calafate だった.
・バスターミナルで El Chaltén 行きの切符を買うが、どの会社も早朝発の次は 18:30 の発車となっている.遅過ぎるが仕方ない.20 日に泊まるホテルに要らない荷物を預け街をふらつく.この街は僅か 4,000 人の人口にも関わらず、Buenos Aires から直行ジェット便が飛び、氷河観光の基地となっているため、街はおしゃれな店が並び、観光客で溢れている.
・18:30 発のバスは砂利道をひたすら走りつづける.途中一回休憩が有った後、また延々と砂利道をバスは走る.氷河が溶けた独特の青い湖の向こうには雪と氷のアンデスが続いている.20:30 頃に前方に Fitz Roy が姿を表す.Torres Del Paine もそうだが、こういう山は喩えそれが初めてであっても見た瞬間に判るものだ.上には雲が掛かっていて一部しか見えないが、これが Fitz Roy、或いは Torres Del Paine で無い訳が無いという確信が持てる.
・西日が沈み、砂漠の丘陵を照らしだし、青い湖の奥にはアンデスが浮かび上がって、空が夕焼けで染まる.World's End のロゴそのままの地の果て世の終わりのような光景だ.
・22:30 に El Chaltén に到着し、みんなとぞろぞろ歩いてキャンプ場まで行く.先に居たキャンパーに水場を聞くと川の水との事.暗闇の中を川に行くが、大きな川で氷河溶けの独特の青白い濁りを持つ水だ.これを飲むのはワイルドというよりデンジャラスのような気もするが仕方ない.晩御飯を作る.
・23 時、24 時とバスが到着し、暗闇の中をキャンパーがやってくる.このバス会社とホテルのつるんだ悪質な時刻はどうにかならないものか.一緒のバスで来たチリ人のお兄さんと、スイス人の女の子 2 人組みとでランタンを囲んで暫し語る.もう食べる予定の無い中華三昧をチリ人のお兄さんに献上すると甚く喜んでいた.

2001/ 1/17(晴)
・朝 7 時に目が覚める.とりあえず荷物をリュックにまとめ、テントの中に置いて小さな荷物で出かける.今日は湖岸の周遊コースを時間の限り歩く予定.朝から良い天気で、目の前の岩壁からは轟音を立てながら雪が崩れ落ちるのが見える.鳥も多く野ウサギも走りまわって緑の中の別天地のようだ.
・小川のほとりで軽く昼食を摂り Hosteria へ戻る.途中 Camping Chileno から周遊コースに下りてきた例のギリシア人と南ア人に出会って、危うくそのまま拉致されそうになる.分かれて直ぐに今度はイタリア人達に会って、再び連れて行かれそうになる.
・ここでは小屋間の物資輸送には馬を使っているのと、乗馬ツアーもあったりするので、道には結構馬糞が落ちているのがイマイチか?
・15 時前にキャンプ場に戻りテントをたたんで 15:30 のバスに乗る.改めて気付いたがこのキャンプ場はオートキャンプも併設してとてつもなく広大だ.シャワー設備も 2 箇所以上在る感じ.管理費 3,000 ペソでそれらと往復の無料送迎バスも付いていて実に素晴らしい.
・ただ、ここへ来る道は Largo Armada の分岐地点でいきなり細いつり橋が有り、マイクロバスはミラーを折りたたんでギリギリで歩くよりも遅い速度で漸く通過する.自分で運転すると 20 回は横を擦るな.
・Puerto Natares の今日のホテル Hotel Graciares は一回フロント横の部屋でうるさい.壁も薄く、上や横の物音が筒抜け.余程テントの中の方が安眠できるというものだ.

2001/ 1/16(晴)
・7:30 に起きてカプチーノを沸かして飲んでいると雨が降ってきた.暫くテントに避難し、11 時頃に大きな荷物はテントに残して身軽な格好で Miranda del Paine に向けて発つ.途中で GR-1s を落として岩にぶつけ思いっきり凹む.今回がデビューの新品なので自分もまた少し凹む.
・途中で雪が降ってくるが、天候は快方に向かっている.花崗岩の岩場をへたりながら登り、13:20 に Miranda del Paine に到着.真正面には奇異な 3 本のパイネ岩搭が氷河を抱いて聳え立つ.周りの山は全て地層を持つ黒い堆積岩で出来ているのに、パイネだけは火成岩から成り立っているのがとても不思議な感じだ.どうやって出来たのだろう.
・パンとハムで昼ご飯を摂るが、晴れてはいるものの時々雪も混じり風は冷たい.先に小屋を出ていたギリシア人と南ア人が奥から現れ暫く話し込む.彼らはこの後 Camipng Japones まで行くと言うことで先に下りて行った.14 時過ぎにイタリア人達もやってきたので、また少し話込んで、私が先に降りる.
・Camping Chileno には 16 時半に戻る.テントを片付け 17 時にへたりながら Hosteria Del Paine に向かって降りる.昨日のバスで一緒になった日本人の方と途中で出会い、話しながら下まで歩き、私はキャンプ場へ向かう.
・ここのキャンプ場は小川のほとりの非常に綺麗なキャンプ場で、シャワー設備等も完備している.今日の晩御飯は中華三昧にハムなどを入れて食べる.ピリ辛がとても美味しい.今日は午後からずっと晴れていて、テントから顔を出すとパイネの塔が見えている.ただ随分と冷え込みそうだ.
・カプチーノを飲んでいたら、チリ人の夫婦がテントを訪れてきた.昨晩もデンマーク人とかがやってきたが、私のこの黄色の小型防水テントは一言声を掛けずには居られないらしい.確かに北アルプスなどでは良く見かけるが、こちらに来てからはこのタイプの超小型軽量テントは見ないもんな.皆さん到って興味をそそられる様だ.とりあえず今日も晴れてパイネ勝利宣言.

2001/ 1/15(曇)
・雨が少しばらつく.Puerto Natales 行きのバスに乗り込むと、バス停で子供が手を振っているので振り返す.席は一番前の眺めの良い席だ.最初の 1 時間半ほどは原野の中を走り、後半は緩やかな高原状の中をひた走る.花の季節で道の両側は黄、赤、白の絨毯を敷き詰めたような鮮やかさだ.
・湖の傍の綺麗なホテルが立ち並ぶ町に出た.そろそろ休憩で停まって呉れないかな、なんて思っていたらここが Puerto Natares だった.Punta Arenas から約 300 Km を 3 時間で走りやがったな.
・旅行会社で Torres Del Paine 行きの切符を買い、食料を買い込み要らない荷物を 17 日に泊まるホテルに預け、昼ご飯を食べに行く.ハンバーガーを食べるが、具がはち切れんばかりのとてつもなく巨大なハンバーガーが出て来て満足.
・14:30 出発のバスは広大な景色の中を走る.真っ青な湖の対岸には雪を被ったアンデスが連なっている.こんなところを 100Km/h で飛ばし去るなんて勿体無いな〜.途中で Torres Del Paine が見えた.真っ黒なアンデスの山塊の中で、このパイネの搭だけは色が白い.不思議だ.
・1 時間半ほどで国立公園入口に着き、入園料 6,500 ペソを払う.その場所 Laguna Amarga で私と何人かはバスを降り、Hosteria Del Paine 行きのバスに乗り換える.Hosteria Del Paine を出て歩き始めたのは 18:00.日本の夏山ならば 14 時くらいには行動を終えているが、ここでは雷の心配も日没の心配も無いので余裕だ.途中の崖っぷちを通った際に、凄まじい強風に煽られリュックに付けていたレインカバーを飛ばされる.うわっ、、、今後雨が降ったら拙いよこれは...20 時のまだまだ日の高い時刻に Camping Chileno に到着しテントを張る.
・途中で南ア人とギリシア人と一緒になり、Camping Chileno まで歩く.ここの山道は若い女の子が非常に多く、上の道を 4 人組みくらいの子達が降りて行く.3 人で呼んでみたり口笛を吹いたりするがそのまま去ってしまった.ギリシア人がそれを見ながら It's Romance と一言.
・山小屋を覗いてみると、昨日ペンギンツアーで一緒だったイタリア人カップルが居たので、中に入って話し込む.ドイツ人夫婦も同席していてなにやら怪しげな日独伊会談が行われる.従業員達が 21:30 頃から奥の部屋でギターをかき鳴らして大声で歌っている.23 時頃まで歌いつづけて、その間誰も寝に部屋へは戻れない.怒り出す客も居たけど、まあここはラテンアメリカだからな〜.

2001/ 1/14(晴)
・朝 5 時半に起きて空港へ.未だ暗いが Santiago も古風で綺麗な建物の多い街だ.飛行機はリュックを持った客で一杯.登場手続き時にガソリン持ち込み禁止の札をわざわざ見せ付けられるが、持ってないと言い張って無事通過.もちろんリュックの中にはホワイトガソリンが 1 リットルばかり入っている.見つからんきゃ勝ちよ.
・Santiago de Chile は快晴だが、新聞をみると Punta Arenas は見事に大雨印.飛行機はアンデスに沿って飛ぶ.雪を抱いた山脈が途切れると、今度は雪を被った独立峰の火山が見えてきて飽きない.Puerto Montt をを過ぎるとパタゴニア域に入る.下には入り江と島が見えるが、これらの小島は全て耕作されている.川も無いのにどうやって水を得ているのだろう.降水量が多いのか? 暫くすると完全に山と水だけの地形となり日本的な扇状地の耕作地等は全く無くなる.だんだん雲が掛かって下が見えなくなる.
・Puerto Natales はいかにも寒冷地の町といった雰囲気で、空港から町までの道も両側には湿原が続いている.季節なのか色とりどりの花が咲いていて非常に綺麗だ.ホテルに入ると真夏の昼間にも関わらず暖房が入っている.旅行会社を物色し、ペンギンツアーを予約して暫く街をぶらつく.
・16:00 からのバスに乗って出かける.マイクロバスは街の何箇所かに立ち寄り 9 人乗せて Pinguineira へ向かう.このツアーは 5,000 ペソだったが、大手のバス会社からは 2,000 ペソでツアーが出ている事に後で気付く.バスは荒涼とした原野の中の砂利道を走る.前後にも他社のツアーバスが続いているが、この道には終点に Pinguineira が有るだけの、本当にペンギンを見るためだけに付けられた道だ.ペンギンにかける情熱というものが伝わってくるじゃないか.みんなそんなにペンギンが見たいのか!?
・ペンギンは陸地に巣を作り、その中を遊歩道が設けられている.海で水浴びする所は、離れた場所から覗くだけしか出来ないが、営巣地ではペンギン達は遊歩道の直ぐ傍に巣を作り、道の中にもトコトコと歩いてくる.雛達は羽ばたいて飛ぶ練習をしているが、どうやら大人になっても飛べない事を彼らは理解していないようだ.
・日は 21:30 頃に沈む.感じの良い暖かなバーで晩御飯を食べていると、昼間のツアーの人達も入ってきた.だいたいみんな同じ場所に集まるんだな〜.この街は昔住んでいた北海道の苫小牧に何となく雰囲気が似ている.もちろん街作りや家なんか全然違うのだが、ナンと言うか寒冷地の空気が似ている感じだ.結局恐れていた雨は殆ど降らず、逆にペンギンツアーの間はずっと晴れていた.とりあえずペンギン勝利宣言.

2001/ 1/13(曇)
・Curitiba は曇りで飛行機はいきなり 30 分送れる.が São Paulo は真夏の入道雲が湧いていて着陸前の飛行機は大揺れ.登山用に機内食に付いてくる調味料類をポケットに突っ込み Guarulhos へ到着.
・Guarulhos の本屋にはガイドブック類が充実している.クリチバではあれだけ探して見つからなかったのにどういう事だ.今度サンパウロのトップショッピングセンターにでも本類を買出しに行かねば...
・Guarulhos の X 線チェックで手荷物が捕まる.どうやら X 線防止袋に入れたフィルムが怪しまれたみたいだ.それはそれで良いのだが、5 回も念入りに X 線装置を通されてしまった.バカヤロウ.袋開けて中見りゃ一発で分かるだろうに、フィルムを何度も何度も X 線を通すなよな.
・Santiago de Chile はアンデスの直ぐ麓にあるので、アンデス越えは大迫力だ.高度を下げ始めてから 7,000m の山越えを行うので、左の窓からはアンデスの山々が連なって見え、右の窓には大岩壁が迫っている.映画でもこういうシーンはたまに有るが、殆どはヘリコプターか小型飛行機なのに、この路線はジャンボジェットが岩壁をかすめて峠越えするのが大違いか.
・機内で Chile の税関申告書等を渡される.やばい、米とハムは完全に検疫でアウトだ...申告書の方には何も無しと書くが、X 線で検査のおばさんに見事に捕まって、ハムと米の入っているカバンだけを開けられる.流石プロじゃ! しかしこちらも、適当にインスタントラーメンやレトルト食品等を漁って取り出してみせ、無傷で通関を通過.勝った!
・空港でタクシーの客引きに捕まる.セントロまで 35 Km で US$ 20 とか言われるが、高いのか安いのか全然分からない.とりあえず既に真夜中だし面倒なので、そのまま乗ってホテルへ行く.ボーイのお兄さんにタバコの値段を聞くと 1,000 ペソ.チップはタバコ一個分くらいかと思って 1,000 ペソあげたが、やり過ぎたようだ.キオスクへ買い物に行こうとすると、一緒に付いてきて、いろいろ世話してくれた.マルボロ 1,000 ペソ.コーラ 350 ペソ.タバコはブラジルの 3 倍か.

2001/ 1/13(曇)
・荷物が全然収まりきらない.困った困った〜、と暫し悩んでいたがカバンをもう一つ持っていけば良い事に気付き解決.考えてみればキャンプするといってもホテル泊の方が多いんだから、なにもホテルの中でまで汚い格好でサバイバルする必要無いもんな.要らないフィルムや着替えその他もろもろはカバンに入れてホテルに預けて置けば良いだけか.

2001/1 /13 - 22 Patagonia 旅行♪
・予定
- 1/13 Curitiba - São Paulo - Santiago de Chile
- 1/14 Santiago de Chile - Punta Arenas ( ペンギン )
- 1/15 Punta Arenas - Puerto Natales ( Del Paine でキャンプ )
- 1/16 Del Paine トレッキング & キャンプ
- 1/17 Del Paine トレッキング ( Puerto Natares ホテル泊 )
- 1/18 Puerto Natales - El Calafate ( Fitz Roy でキャンプ )
- 1/19 Fitz Roy トレッキング ( El Calafate ホテル泊 )
- 1/20 Los Graciares 観光 ( El Calafate ホテル泊 )
- 1/21 El Calafate - Buenos Aires
- 1/22 Buenos Aires - Porto Alegre - Curitiba ( 会社にはチト遅刻だ... )

・費用
- Curitiba - Punta Arenas R$ 1,190.74
- El Calafate ( Lago Argentina ) - Buenos Aires R$ 388.44
- Buenos Aires - Curitiba R$ 704.15
- ホテル 6 泊 + バス代 R$ 1,312

・写真関係
- Pentax LX、A24/2.8、FA43/1.9、FA77/1.8、GR-1s - 迷ったけどこの辺りが無難か
- Provia 50 本、ProviaF 5 本、Reala 10 本.- 天候も悪いみたいだし、とりあえずこのくらい有ればなんとかなりそう.

・キャンプ関係
- バーナー : Coleman Peak1 + 予備燃料 600 ml - 動作確認済み.
- テント : IBS ウルトラライトゴアテックス 1 - 軽量 1.6Kg! 単独登山の定番品ですな.
- シュラフ & カバー : メーカーは知らないが最軽量モデル.寒いんだなこれが...
- 水筒 : この前買った怪しげな水筒をデビューさせないと...
- 防寒雨具 : The NorthFace Mountain Guide + Paine Rainware - 荷物のスペースが無いので、上はパーカー、下はレインコートの組合せで持って行こうっと.
- 灯り : MagLight + ロウソクランタン - 昼の時間帯が極端に長いので、実はこういうものは要らないんじゃないかという噂も...まあ安全装備ということで念のために
- ラジオ : 登山用防水ラジオを持っているが、スペイン語が分からない私は持って行っても無意味な可能性大.まあ夜にでも音楽聴けるから持って行っておこうか.

・持ち込み食料
- 日本食材店へ出かけてレトルトカレーや味噌汁、中華三昧等買ってきました!
- アルファ米+乾燥フェイジョアーダでブラジル飯も完璧じゃ.
- その他ティーバッグ、粉末ジュース、カプチーノ等など.

2001/ 1/12(雨)
・昼休みに Mercado Municipal へラーメンやらレトルト食品やらを買いに出かける.帰りにナンとかシアターの前を通ると大学の名前の入ったステージトラックが何台も停まっていて、若者達が集まってなにやら賑やかだ.この時期に一体なんなんだろう? 合同入学パーティか何かか?
・夕方になって漸く明日のチケットが届いた.気分も盛り上がって天気予報を確認すると、Punta Arenas は相変わらずずっと雨のようだ.Buenos Aires や Santiago de Chile はずっと晴れているのにナンだか残念だな〜.

2001/ 1/11(雨)
・昼休みに日本食材店へ行って、レトルトのご飯やおかずでも買って来ようかと思っていたが、雨が降ったので行くのを止める.インターネットでパタゴニアの天気を見ると、Punta Arenas の日曜の気温は 4 度.真夏でこれだもんな、一瞬怯んでしまう.
・旅行会社から料金の請求が来た.航空券は AMEX で支払えるが、ホテル代その他は現金払いでしか受けつけないとの事.仕方ないので小切手を切る.今日はアパートの家賃の支払いもあったし、一気に貧乏な気分だ.なんて思っていたら午後から郵便物が届き、中を開けると自動車税の請求書.ひぇえ...アパートに帰ると今度はクリチバ市からの怪しげな振り込み用紙...沈没だ...
・帰りに Mercadorama で使えそうな食品を物色する.ブラジルは米が主食なので、広大な米コーナーにはいろんな米が山ほど積まれている.よくよく見ていると日本米の種類もいつの間に増えている.アルファ米も置いてあったので、すっぴんと味付き 2 種類をとりあえず買ってみる.乾燥フェイジョアーダとハムも買って、とりあえずこれで基本食は OK だな.
・日本時刻で昨日の昼過ぎから、インターネットの掲示板上にて、地震雲が現れたから明朝大阪で M5 程度の地震が起きると騒いでいたやつが居た.年明け早々株価暴落で頭が弾けてしまったのかとも思っていたが、どうやら見事にぴったり地震が起きたようだ.当たるもんなんだな〜.

2001/ 1/10(曇)
・昨夜も食事に行く時に車が衝突していて、ナニやら当事者と野次馬で盛り上がっていたが、今朝出勤する時も車とバイクが事故を起こしていた.多分死んでは無さそうな感じだったが、皆さん好き勝手な走りかたするからな〜.
・事務所の壁は道路側が全面ガラスとなっていて、先月からクリスマスイルミネーションの電球がこれでもかとばかりに付けられていたのだが、今日の朝から取り外し作業を行っていた.習慣的には 1 月 5 日までらしいのだが、だいたい何処の家や建物でも今週中に外しているところが多い感じだ.また夜の街が少し暗くなるが、まあ、今年は結構撮ったから満足だな.
・夜が暗くなったといえば、車の前照灯がまた切れてしまった.このまえ替えたばっかりなのに中古品かなんか付けやがったのかな? またディーラーまで持って行くのは面倒くさい話だ.暫くこのまま走っていようっと.

2001/ 1/ 9(晴)
・昨晩は結局夜半から激しい雨が降り出したが、朝には上がってすっかり良い天気.最近は午前中は空も晴れているし風も涼しくて良い感じなのだが、夕方には雲が出て来て蒸し暑くなる.まるで日本の夏のような暑さで耐えられない.
・昼休みにバスに乗って Batel 地区を少し探検してくる.その後もう一度バスに乗り、Av. 7 de Setembro を少し物色し歩いて写真屋へ行く.今日は日曜に買ったトレッキングシューズを足に慣らすために、全然服と合ってないのを承知で履いてきたが、特に靴擦れもおきて無さそうだし、これは旅行で使えるかも知れない.今週はずっと履いてみよう.汗だくになりながら事務所に戻るが、結局缶コーラを 2 本も飲んでしまい、減量大作戦に暗雲がたち込める.ま、いっか.
・夜は日本人の同僚と早めに事務所を抜け出して、日本食屋へ行きカツ丼を食べてきた.ブラジルでカツ丼食べるのは限りなく久しぶりだな〜.ナンだかんだで話が弾んで店を出たら 23 時.帰ってから洗濯が面倒くさ〜.

2001/ 1/ 8(晴)
・今日もまたまた暑い.午前中はさわやかな青空だったが、夕方から雲が多くなりだし、夜には雷が光っている.けどどうやら今日は雨は降らないようだ.
・昼休みに水筒を買いに行く.今まで持ってたやつは黄色く変色していて、臭いを嗅ぐとナンだか強烈なプラスチックの臭いがしていたのでちょっと使う気になれない.1 件目のアウトドアショップに入ると、水筒は 900 ml 入りのグレーのものしか置いていない.仕方ないのでそれを 2 つ買う.別の店にも入ってみると布で覆われたまるで馬にでもぶら下げるような感じの水筒があった.2 l 入りと書いてあるがどう見ても 500 ml くらいしか入りそうに無い.店員は自信たっぷりに入ると断言したが、ブラジル人はこういう時にはにこやかに平然と大嘘付くので当てにならない.半信半疑で一応それも買っておく.日本だったら ICI や IBS へ行けば 300 ml から 4 l くらいまでずらっとサイズが揃っているのにナカナカ不便な事だ.
・部屋に戻ってから 2 l の水筒に水を入れて容量を確かめてみる.すると驚く事に本当に 2 l 入ってしまった.Made in Spain と書いてあるからその辺は大丈夫だったのかな.けどこちらの方は飲み口が付いていて歩行用の水筒といった感じだ.大体柔らかいので横を持つと中身が溢れる.最初に買ったしっかりした水筒は 900 ml で、幕営用と歩行用で考えるとサイズが逆だ.まあそれでも合計 3.8 l の容量が有るから 1 日 + 夜朝ご飯用には充分だな.

2001/ 1/ 7(晴/雨)
・昼過ぎにショッピングセンターまで歩いて出かける.街中は見事なまでに人も車も居ない.皆さん海に出払ってしまってクリチバの街はすっかり空っぽになってしまったようだ.ショッピングセンター内も店は全部空いていたもののガランとしている.買える時に買っておこうと思い、ナイロンのトレッキングシューズを買うが、来週一週間で足に慣れるかな.
・帰りも歩くが、立派な入道雲が出ているなと思ったら、雷鳴が聞こえ始めた.雲の下側は真っ暗だ.直ぐに突風が吹き出してきて如何にも嵐の予感という感じ.足を速めて帰るが、アパートの一個手前のバス停付近で終に雨に捕まりずぶ濡れになってしまった.

2001/ 1/ 6(晴/雨)
・朝から晴れていたが、午後過ぎに夕立がやってくる.今日は旅行準備でもすることとする.
・しまい込んでいた登山用具を引っ張り出して、使えるかどうか確認してみる.とりあえずカビなどは生えていないようだが、シュラフは念のため布団乾燥機を掛けてからからに乾燥させておく.ストーブもちゃんと点くようだ.そういえば専用ガソリンとかって売ってたかナ.登山用具屋は何件かあるから月曜日にでも探してこなければ...まあレギュラーガソリン対応だから、いざとなったら現地のガソリンスタンドでも購入可能だな.
・久々カレーを作って食べる.以前日本で買ってきた何やら高級そうなルーを 2 種類ばかり入れてみるが、味が凝り過ぎていてイマイチ.カレーというのはナンと言うか、もっとシンプルな味の食べ物だよな〜.
・登山靴が見つからない.ひょっとして日本から持ってこなかったのかな.今履いているトレッキングシューズは、どうも見た目は立派なのだがチト不安だ.というか見た目はともかく、ナンだカンだ言っても革靴よりも布靴の方が機能的に優れるような気がするしな.月曜日にでも物色してきて来週一週間で足に慣らすか.

2001/ 1/ 5(晴)
・旅行会社からの予定表を見ながら唸り込んでしまった.飛行機の乗り継ぎが非常に悪いのだが、別に便数が少ない訳でもなく、嫌がらせのような待ち時間だ.弛んだ真似をしやがると思って、インターネットで LanChile、Varig、Aerolineas Argentina のサイトへ繋ぎ、時刻表と料金表を見ながらまたもや考え込んでしまった.
・予定では行きに 2 日、帰りに 2 日掛かっているが、まともな便に乗るとどちらも 1 日で済む.が、正規料金は旅行会社からの航空運賃の倍以上有り、日本円に換算して 10 万円以上の差となる.これはでかい.そもそも 4,000 Km 離れた地の果てに、一週間でペンギン、Cerro Paine、氷河、Cerro Fitz Roy 且つトレッキングとキャンプと欲張り過ぎたのが最大の原因だとは分かっているのだが、どれも削るには惜しい.キャンプなんて 1 泊でも 5 泊でも荷物の量は変わらないしな.ペンギンを削れば随分と時間もお金も楽になるのだが、生ペンギンは見たいし可能ならば頭を叩いてみたいぞ.
・12 月から円安が進んでいるが、この旅行の費用をクレジットカードで払うと、引き落としの頃には恐ろしい事になりそうだ.12 月に買っていたら $ 2,000 でも ¥ 210,000 くらいで済んでたのに、今からカードを使うと下手すれば ¥ 300,000 くらい落とされかねない.う〜ん、ツイてないな〜.
・外貨預金でリスクを回避しようと思ったが、私の初の外貨預金は 99 年 5 月のユーロ預金で、僅か 4 ヶ月で 20 円も下がり、10 万円くらい飛んでしまったトラウマがあるのでナカナカ手が出せない.ユーロも最安値より既に 22% も上がっているからこれ以上あがるのかな〜.ナンだか不安.

2001/ 1/ 4(晴)
・昨日のニュースより、FRB が FFD を 0.5 ポイント下げて年 6.0% に.NASDAQ 売買高過去最高、上げ幅過去最高.日経平均は一瞬上がったと思ったら結局マイナス.下げる時は NASDAQ に連動するからなんて言ってたのに、NASDAQ が上げても連動しないとはこれ如何に? というかダサ過ぎって感じ.と思っていたら今日になって NASDAQ も落ちた.旅は道連れ共倒れってやつですな.今回の利下げはブラジルは大喜びだったみたいだけど、日米に関しては不発かいな.
・昼休みにショッピングセンターの本屋へ行ってぷらぷら見ていたら、B5 サイズの Michelis ポル語 - 日本語辞書が置いてあった.バーコードの値段を読み取ると R$ 54、何かの間違いかと思ったがさっさと買ってしまう事にする.ブラジル人用の様で、ポル語に対して日本語とローマ字両方で訳が付いている.部屋で使おうっと.
・旅行の見積もりがやってきた.Curitiba - Sao Paulo - Santiago de Chile - Punta Arenas、El Calafate - Buenos Aires - Sao Paulo - Curitiba の航空券が US$ 790.ホテル代その他が US$ 1,200.ナンすかこのホテル代ってのは? わたしゃテント担いでトレッキングを予定しているんですが...豪華絢爛な予定を勝手に組みやがったな.後で変更掛けとかなきゃ.それにしても片道 2 日、往復 4 日掛かるとはさすがに遠い地の果てだ.ペンギンと握手して来なければ...
・夕方から日本人の同僚 4 人で韓国焼肉を食べに行く.ブラジルのシュハスコに比べると随分と割高だが、我々は殆どお酒を飲まないので、トータルではさほど高くつかない.ブラジル流も良いんだけど、やっぱりアジア人だからこういうのを時々食べれると嬉しいんだな〜.

2001/ 1/ 3(晴)
・85 年の筑波博で 2001 年に宛てて出した年賀状が 300 万通配られたそうだ.自分も筑波博には 2 回行った筈だが、そんなことやったか記憶に無いな〜.喩え出していてもあれから親の住所も 3 回変わり、自分の住所も 10 回近く、挙句の果ては外国だから行方不明になってるな.インターネットの掲示板でもこの話題で盛り上がっていたが、流石に 15 年前からの葉書が届くといろんなドラマが有るようだ.
・来週末から夏休みを取る予定だが、今日、庶務の女性に航空券の手配のお願いをした.間に合うかな〜.経路はどうでも良いと言っておいたが、多分行きの Curitiba - Punta Arenas は Santiago de Chile 経由、帰りの El Calafate - Curitiba は Buenos Aires 経由だろうと予想.12 月に同じく Patagonia へ行った先輩からもパンフレット類を借りる.研究せねば...
・Patagonia に行った事の有る同僚のブラジル人に聞くと、航空券だけ取っておけば現地のバスや宿泊施設は着いてからでも楽勝、街に着いたら部屋貸しの子供が寄って来るので適当に付いて行けば泊まれるよ.なんて言っていたので現地の交通宿泊関係は取っていないのだが大丈夫だろうか? terra の天気予報で見ると Punta Arenas の気温は最高 17 度、最低 6 度、今週は全部雨.雨季なのか?? テント泊は寒そうだな.
・今日こそは帰りにスーパーが開いていた.もう牛乳も卵もジャガイモも何も無くて飢える寸前だったのでホッと一息.とりあえず基本物資を買い込む.角のピザ屋も開いてるし今日が一般的な仕事始めの日なのかな.

2001/ 1/ 2(晴)
・今日も快晴.出勤時に通りを走る車は随分と少なかったが、昼休みに外に出ると道もレストランもガラガラだ.皆さん既に夏休みに入ったようだ.
・ポータルサイト AltaVista に翻訳ページが有るのを見つけて、試しに自分の HP を英訳してみる.自己紹介のページを翻訳してみると、名前の道行が eloping となっていた.聞いたこと無い単語だと思い辞書で調べてみると、elope (v) で、駆け落ち、出奔すると出てきた.おぃおぃ...(^^; せめて coat とか overcoat くらいに止めておいてくれよな〜.
・牛乳が無くなったので会社帰りにスーパーへ行くが Mercadorama は閉まっている.BIG Boa Vista へ行くと広い駐車場はぎっしり一杯だ.向かいの広場に遊園地が来ていて、観覧車などのイルミネーションがが夕焼けの中に輝き、歓声が聞こえてくるがそれらの人達かなと思ってスーパーの中へ入ると、60 もあるレジはどれもが長蛇の列.うぇ〜、皆さん何処も開いてなくてここに流れ込んで来ていたのか...あっさり諦めガソリンスタンドへ行くが、牛乳は置いてなく、仕方無しにコーラを買って帰る.明日は開いているかな〜.

2001/ 1/ 1(晴)
・今日から新世紀、二十世紀を振り返るほどには長生きしていないが、自分にとっての最大のニュースはやはり本田技研の ASIMO 登場だな.あれをみて泣かないやつは男じゃないって感じ.鉄腕アトム誕生まであと 3 年だが、夢空想の世界から、ASIMO の登場によっていきなり現実味を帯びてきた.
・日本に居れば初詣なんかに出かけちゃうところだが、詣でたくなりそうな寺社仏閣が無いので、仕方無しに海に行っておね〜さんの水着姿でも拝んで来ることにする.昼頃に出ると行きの道はガラガラだが、反対車線がやけに混んでいる.Caioba の町に入ると、海へ行く側は相変わらずガラガラだがクリチバへ戻る車線が渋滞大爆発.う〜ん、こりゃ迂闊な時刻には戻れないな〜.
・14 時くらいに着くが、2,500 m の海岸線を持つこの浜辺は人でぎっしり.ひぇ〜.コロコロ寝転がったり波打ち際を散歩したり 18 時過ぎに一旦浜から上がる.いつもの如く反省無き黒焦げ状態となっている.海岸沿いの道には広い歩道が設けられているが、日が傾き涼しくなったせいかこれまた散歩の人で溢れている.両側にはいろんな屋台やテント、仮設店舗が立ち並んで如何にも夏の海という感じ.適当なバーでサンドイッチを抓みながら 19 時半くらいに車に戻って帰る.
・渋滞のピークは過ぎていた様で、混雑してはいるもののそれなりに流れて帰れる.途中の山岳地帯からは雨が降りだし、クリチバへ着く頃にはヒーターを点けなければ寒いくらいだ.21 時過ぎに部屋に戻る.バスタオルを海に忘れてきたみたいだ.さてさて、明日からお仕事開始か...



2001/ 1/ 1 - 2001/ 1/31

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